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カテゴリ:絵巻水滸伝人物名鑑【梁山泊】( 99 )

2009年 12月 10日
★梁山泊の108人 其之七十六
★情報を探知し、来客を応接する酒店頭領
梁山泊は、湖の東西南北で酒店を経営しています。初期は、南方の李家道の筋にある朱貴の酒店だけでしたが、梁山泊の規模が大きくなるとともに四店に増加されました。この酒店では、通常の居酒屋のように宿と酒食を提供するほか、周囲を通過する“獲物”や討伐軍の情報を掴む重要な役割を担っています。また、梁山泊に入山を希望する者は、まず“旱地忽律”朱貴の眼鏡にかなわなければなりませんでした。朱貴を頭とする梁山泊酒店グループは、梁山泊と世間を繋ぐ窓口とも云えるでしょう。

李応が経営する“店”も、この四山の酒店の役割を全国に拡大したものですが、“店”は賭場や金貸し、闇塩や密造酒の販売など経済活動が主な仕事で、情報網であると同時に梁山泊の財政を賄うために重要な役割を果しています。

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92★地囚星“旱地忽律”朱貴
(ちしゅうせい かんちこつりつ しゅき)




南山酒店の主人。沂州の生まれで、“笑面虎”朱富の兄。あだ名は“旱地忽律”──「枯れ地のわに」。梁山泊にある酒店の中では一番の古株で、朱貴自身も梁山泊最古参の幹部のひとり。“白衣秀士”王倫、“托塔天王”晁蓋、“及時雨”宋江と三人の首領の時代を経験している。
もとは商人だが、元手をすって王倫時代の梁山泊に身を投じ、李家道の口で居酒屋を営みながら、往来する旅人の金品を物色したり、情報収集を行っていた。入山を希望するものは必ずこの居酒屋を通さなければならず、朱貴が問題ないと見た人物だけが梁山泊に入ることを許された。梁山泊居酒屋グループの重鎮であり、梁山泊の“眼”とも云われる朱貴は、梁山泊にとって欠くことのできない男である。

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by suiko108blog | 2009-12-10 05:19 | 絵巻水滸伝人物名鑑【梁山泊】 | Comments(0)
2009年 12月 04日
★梁山泊の108人 其之七十四〜七十五
★情報を探知し、来客を応接する酒店頭領
梁山泊は、湖の東西南北で酒店を経営しています。初期は、南方の李家道の筋にある朱貴の酒店だけでしたが、梁山泊の規模が大きくなるとともに四店に増加されました。この酒店では、通常の居酒屋のように宿と酒食を提供するほか、周囲を通過する“獲物”や討伐軍の情報を掴む重要な役割を担っています。また、梁山泊に入山を希望する者は、まず“旱地忽律”朱貴の眼鏡にかなわなければなりませんでした。朱貴を頭とする梁山泊酒店グループは、梁山泊と世間を繋ぐ窓口とも云えるでしょう。

李応が経営する“店”も、この四山の酒店の役割を全国に拡大したものですが、“店”は賭場や金貸し、闇塩や密造酒の販売など経済活動が主な仕事で、情報網であると同時に梁山泊の財政を賄うために重要な役割を果しています。

★梁山泊の108人 其之七十四〜七十五_b0145843_1493650.jpg








102★地刑星“菜園子”張青
(ちけいせい さいえんし ちょうせい)







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103★地壮星“母夜叉”孫二娘
(ちそうせい ぼやしゃ そんじじょう)




西山の主人夫婦。張青はあだ名はを“菜園子”。もとは寺で菜園の番人をしていたが、いざこざから僧侶を殺して追剥となった。孫二娘はあだ名をは“母夜叉”──「女夜叉」。追剥の父親から武芸を仕込まれた女丈夫で、眼光鋭く、武松を軽々と持ち上げるほどの怪力である。張清がお尋ね者となった時、追剥しようと襲ったのが孫二娘の父親であり、張青は却ってその老人に逆に天秤棒で叩きのめされてしまう。ただの年寄りと思ったのは、年季の入った先輩──“古夜叉”だったのである。老人は張青を見込んで仕込み直すと、娘の孫二娘の婿に迎えた。
以来、夫婦は孟州道の峠にある十字坡に居酒屋を構え、表向きは酒を売ったり旅人を泊めたりしていたが、実は金持ちそうな旅人は痺れ薬で盛りつぶして荷物を奪い、太っていれば饅頭の具にしてしまうという物騒な稼業をしていた。もっとも、肉饅頭のほうは孫二娘の専門で、魯智深や武松もあやうく盛りつぶされるところだった。
張青は婿養子ということでやや影が薄いが、長年、孫二娘の夫を務めているだけあり、なかなか肝の座った男である。

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by suiko108blog | 2009-12-04 02:53 | 絵巻水滸伝人物名鑑【梁山泊】 | Comments(0)
2009年 12月 02日
★梁山泊の108人 其之七十二〜七十三
★情報を探知し、来客を応接する酒店頭領
梁山泊は、湖の東西南北で酒店を経営しています。初期は、南方の李家道の筋にある朱貴の酒店だけでしたが、梁山泊の規模が大きくなるとともに四店に増加されました。この酒店では、通常の居酒屋のように宿と酒食を提供するほか、周囲を通過する“獲物”や討伐軍の情報を掴む重要な役割を担っています。また、梁山泊に入山を希望する者は、まず“旱地忽律”朱貴の眼鏡にかなわなければなりませんでした。朱貴を頭とする梁山泊酒店グループは、梁山泊と世間を繋ぐ窓口とも云えるでしょう。

李応が経営する“店”も、この四山の酒店の役割を全国に拡大したものですが、“店”は賭場や金貸し、闇塩や密造酒の販売など経済活動が主な仕事で、情報網であると同時に梁山泊の財政を賄うために重要な役割を果しています。

★梁山泊の108人 其之七十二〜七十三_b0145843_1403614.jpg








100★地数星“小尉遅”孫新
(ちすうせい しょううつち そんしん)







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101★地陰星“母大虫”顧大嫂
(ちいんせい ぼだいちゅう こだいそう)




東山酒店の主人夫婦。夫の孫新は、あだ名を“小尉遅”。“病尉遅”孫立の弟で、槍や鞭の使い手である。“尉遅”とは唐初の英雄・尉遅恭のこと。兄から手ほどきを受け、鞭の使い手でもある。妻の顧大嫂はあだ名をは“母大虫”──「牝虎」と云い、その名のとおり、二三十人を相手にしても打ち負かしてしまうという怪力の女傑である。
もとは二人して登州の十里牌で居酒屋や賭場を営んでいたが、顧大嫂の甥である解兄弟を無実の罪から救うため、孫立ふくめ一族で牢破りをして堅気の世界に袂を分かった。
顧大嫂は事が起こると後先を考えずに突っ走る性格で、一方の孫新はそれを押し止めて段取りを練る慎重派である。一見、顧大嫂が孫新を尻に敷いているようだが、実際はそうでもない。

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by suiko108blog | 2009-12-02 02:29 | 絵巻水滸伝人物名鑑【梁山泊】 | Comments(2)
2009年 10月 31日
★梁山泊の108人 其之七十一
★金銭糧食を司る頭領
おもに梁山泊の軍事を扱う聚義庁首脳部とは別に、後方支援を担当する好漢たちのリーダーです。
梁山泊には沢山の住民が住んでいます。彼らの衣食住をまかない、そして、戦となれば数万の兵士のための兵站を輸送しなければなりません。梁山泊が年間、どれくらいの予算を必要とするか……おそらくたいへんな金額になるでしょう。それを管理するのが彼らの仕事です。柴進は外交交渉や“鶏狗”を使った情報収集や輸送路の確保、李応は全国にある“店”の管理運営も行っています。平時も働き、戦時にはさらに忙しくなる激務です。

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11★天富星“撲天チョウ”李応
(てんふうせい はくてんちょう りおう)




あだ名は“撲天チョウ”──「天を撃つおおとり」の意。点鋼槍(磨き上げた鋼の槍)の使い手で、背には五本の飛刀を隠す。隼の眼、鷹の眸、堂々たる風貌の持ち主で、財を疎んじて義を重んじ、壮士の名に恥じぬ人物である。
もとはウン州独竜崗の麓にある李家荘の長者で豪勇をもって知られていた。独竜崗の麓には、李家の李家荘、祝家の祝家荘、扈家の扈家荘が隣接しており、三荘は常日頃から梁山泊の掠奪に備えていた。そんなある日、“鼓上蚤”時遷が祝家荘で鶏を盗んだことから、梁山泊との戦端が開かれる。すでに“病関索”楊雄、“ヘン命三郎”石秀と知己を得ていた李応は仲裁に乗りだすが、失敗してしまう。その後は中立を守るが、戦が終わると、李応の人柄を見込んだ梁山泊になかば無理やり仲間入りさせられた。
李応は非常に寛容な人物で、薊州で殺人を犯し、かつ人も恐れる醜い容貌の杜興に目をかけ、屋敷の一切を任せるほど信頼していた。また突如訪れた楊雄ら──彼らも薊州で殺人を犯して逃亡中の者たちである──にも、助力することを惜しまない。しかし、祝家荘に侮られると自ら甲冑に身を包んで乗り出す血気さかんなところもあるが、梁山泊軍が押し寄せて祝家荘戦が始まっても、復讐のために賊である梁山泊に力を貸すような軽率な行いはしなかった。
“撲天チョウ”李応は、道理をわきまえた鷹揚な富豪の風格と、英雄の激情を併せ持つ、たいへん中国的な「大人」である。


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by suiko108blog | 2009-10-31 02:58 | 絵巻水滸伝人物名鑑【梁山泊】 | Comments(0)
2009年 10月 30日
★梁山泊の108人 其之七十
★金銭糧食を司る頭領
おもに梁山泊の軍事を扱う聚義庁首脳部とは別に、後方支援を担当する好漢たちのリーダーです。
梁山泊には沢山の住民が住んでいます。彼らの衣食住をまかない、そして、戦となれば数万の兵士のための兵站を輸送しなければなりません。梁山泊が年間、どれくらいの予算を必要とするか……おそらくたいへんな金額になるでしょう。それを管理するのが彼らの仕事です。柴進は外交交渉や“鶏狗”を使った情報収集や輸送路の確保、李応は全国にある“店”の管理運営も行っています。平時も働き、戦時にはさらに忙しくなる激務です。

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10★天貴星“小旋風”柴進
(てんきせい しょうせんぷう さいしん)




あだ名は“小旋風”──「小さなつむじ風」。宋に禅譲した後周世宗の嫡流の子孫で、柴大官人とも尊称される滄州の大富豪である。流罪人や好漢の世話をするのを好み、常に多くの食客を抱えていた。客を好む柴進は戦国時代の孟嘗君にも例えられ、冤罪により滄州流刑となった“豹子頭”林冲のほか、梁山泊初代首領の王倫や“及時雨”宋江、宋清兄弟、“行者”武松、“石将軍”石勇など、世話になった者は数多い。しかし、やがて高唐州に住む叔父の横死から災いに巻き込まれ、梁山泊を巻き込んだ高唐州戦が勃発。柴進も梁山泊の一員となる。
柴進の鷹揚な大人の風格、端麗な容貌と爽やかな弁舌は、梁山泊随一のものである。そのため、梁山泊では外交方面で活躍することが多く、北京に潜入して蔡福・蔡慶兄弟と接触したり、東京の元宵節では禁中にまで紛れ込む。大胆なだけでなく、宮中にいても怪しまれない高貴さが貴公子・柴進の凄さであろう。
なお、後周国の皇帝であった世宗は、名を柴栄と云い、軍事、内政ともに非凡な力量を持ち、唐末から続いた乱世を半ばまで平定した。しかし、惜しくも覇業の途上で病に倒れ、三十八歳の若さで夭折する。後周が築いた基盤をそのまま引き継いで建国されたのが、宋なのである。


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by suiko108blog | 2009-10-30 02:32 | 絵巻水滸伝人物名鑑【梁山泊】 | Comments(0)
2009年 10月 21日
★梁山泊の108人 其之六十八〜六十九
★水軍
時として梁山泊軍の勝敗を鍵を握る軍です。中国は古来「南船北馬」といわれ、北方は陸軍が中心でしたが、運河の整備などにより、水軍も不可欠の要素となりました。海外との貿易もさかんに行われ、造船技術や航海技術も発達します。梁山泊水軍も、水上戦はもちろん、物資人馬の輸送や、水中からの攻撃など、縦横無尽に活躍します。

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68★地進星“出洞蛟”童威
(ちしんせい しゅつどうこう どうい)







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69★地退星“翻江蜃”童猛
(ちたいせい はんこうしん どうもう)




兄の童威はあだ名を“出洞蛟”──「洞を出る蛟」。“蛟”とは、時を経て竜となる水蛇のこと。弟の童猛はあだ名を“翻江蜃”──「江をかき回す蜃」。“蜃”とは、蜃気楼を吐くという大蛤。“蛟”も“蜃”も水に棲む妖しい霊獣である。
江州の出身の孤児で、琵琶亭の女将・樊慧鳳に育てられた。掲陽嶺をしきる李俊にとっては弟分。宋江を救おうとした李俊について、梁山泊に加わった。泳ぎが達者で、舟も漕げる童兄弟は梁山泊でも水軍に配属され、戦闘では常に李俊に従う。
勇ましい名前のわりにはと口数も少なく、李俊の影に隠れて余り目立つ存在ではない。しかし、兄の童猛がクールなようで熱血漢、弟の童威がぼんやりしているようで結構しっかりしている……といった個性も実はある。
他の水軍連中が個性的すぎるのだろう。


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by suiko108blog | 2009-10-21 03:27 | 絵巻水滸伝人物名鑑【梁山泊】 | Comments(4)
2009年 10月 19日
★梁山泊の108人 其之六十五〜六十七
★水軍
時として梁山泊軍の勝敗を鍵を握る軍です。中国は古来「南船北馬」といわれ、北方は陸軍が中心でしたが、運河の整備などにより、水軍も不可欠の要素となりました。海外との貿易もさかんに行われ、造船技術や航海技術も発達します。梁山泊水軍も、水上戦はもちろん、物資人馬の輸送や、水中からの攻撃など、縦横無尽に活躍します。

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27★天剣星“立地太歳”阮小二
(てんけんせい りっちたいさい げんしょうじ)








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29★天罪星“短命二郎”阮小五
(てんざいせい たんめいじろう げんしょうご)








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31★天敗星“活閻羅”阮小七
(てんぱいせい かつえんら げんしょうしち)




水軍を率いる三兄弟である。長兄の阮小二はあだ名を“立地太歳”。“立地”とは「すぐさま」の意味、“太歳”は災いをもたらす星の名前である。「すぐにやって来る災いの星」の意か。石碣村の生まれの漁師だが、闇商売に手を出したこともある。
次兄の阮小五はあだ名を“短命二郎”。「長生きできない次男坊」だが、あるいは「人の命を短くさせる」のかもしれない。漁師の時分から母親のかんざしを持ち出して賭場に通うなど、兄弟の中では一番の極道者だった。
末っ子の阮小七はあだ名を“活閻羅”──すなわち「この世の閻魔」である。阮三兄弟の末弟だが、打てば響く明敏な性格で、中ではもっとも目端がきく。
三人は故郷の石碣村で漁師を生業としていたが、良い漁場であった王倫ら梁山泊に賊が立てこもるようになったため、漁ができなくなってしまった。面白くなく思っていたところ、旧知の“智多星”呉用から“托塔天王”晁蓋とともに十万貫の生辰綱を奪う計画をもちかてられる。義心あつい三兄弟はこの話にのり、やがて晁蓋とともに梁山泊に身を投じることとなった。梁山泊の水軍では石碣村はじめ梁山泊周辺の漁師たちを率いて戦う。大きな戦船を操ることの被い江州勢とは対照的に、小舟で機動力を発揮する部隊である。
呉用曰く、“文字はひとつも知らないが、義侠心にあつく、曲がったことは大嫌い、勇敢で立派な男たち”だ。


「絵巻水滸伝」(第二部)連載中! キノトロープ/絵巻水滸伝

by suiko108blog | 2009-10-19 02:33 | 絵巻水滸伝人物名鑑【梁山泊】 | Comments(0)
2009年 10月 17日
★梁山泊の108人 其之六十四
★水軍
時として梁山泊軍の勝敗を鍵を握る軍です。中国は古来「南船北馬」といわれ、北方は陸軍が中心でしたが、運河の整備などにより、水軍も不可欠の要素となりました。海外との貿易もさかんに行われ、造船技術や航海技術も発達します。梁山泊水軍も、水上戦はもちろん、物資人馬の輸送や、水中からの攻撃など、縦横無尽に活躍します。

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30★天損星“浪裏白跳”張順
(てんそんせい ろうりはくちょう ちょうじゅん)




体が練絹のように白く、泳ぎに長け、七日七晩も水に潜っていることができる。水の申し子であり、あだ名は“浪裏白跳”──「波間の白魚」。“船火児”張横の弟である。
かつては兄の張横とともに闇の渡し船をして荒稼ぎをしていたが、兄より先に足を洗って堅気になり、江州の魚河岸で漁師たちの元締めとなった。
ある時、無理やり魚を奪おうとした“黒旋風”李逵と争った縁で宋江と知り合い、やがて江州勢とともに梁山泊へ合流する。
血気盛んな水軍の中では慎重派で、宋江、呉用の信頼もあつい。決断力に優れ、知恵も回り、必要とあれば思い切ったことも平然とやってのける。水戦においても、梁山泊の切り札的な男なのである。


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by suiko108blog | 2009-10-17 03:07 | 絵巻水滸伝人物名鑑【梁山泊】 | Comments(0)
2009年 10月 08日
★梁山泊の108人 其之六十三
★水軍
時として梁山泊軍の勝敗を鍵を握る軍です。中国は古来「南船北馬」といわれ、北方は陸軍が中心でしたが、運河の整備などにより、水軍も不可欠の要素となりました。海外との貿易もさかんに行われ、造船技術や航海技術も発達します。梁山泊水軍も、水上戦はもちろん、物資人馬の輸送や、水中からの攻撃など、縦横無尽に活躍します。

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28★天平星“船火児”張横
(てんぺいせい せんかじ ちょうおう)




あだ名は“船火児”──「船頭」である。もしくは“狗臉”(犬面)の張旦那。身の丈七尺、凶悪な顔つきで、まるで似ていないが“浪裏白跳”張順の兄。あだ名のとおり、もとは江州の潯陽江を縄張りにした渡し船の「船頭」で、掲陽嶺の“混江竜”李俊、掲陽鎮の“没遮ラン”穆弘とともに、江州三覇の一覇をなしていた。しかし、その渡す先は対岸ではなく、彼岸である。金を持っていそうな客が来ると、張横はそのまま河のまん中まで漕ぎだし、すごんで尋ねる。
「うどんが食いたいか、それともわんたんが食いたいか」
まず“客”の身ぐるみを剥ぎ、“うどん”ならば刀でばっさりと斬ってから河へ投げ込み、“わんたん”ならば生きたまま河へ放り込むのである。その久ぶりの獲物となったのが、流罪人となった宋江であった。その後、宋江が江州で謀叛人として捕らえられると、弟の張順はじめ、李俊、穆弘兄弟らと船をしたて救出に向かい、梁山泊軍に合流した。
慎重な弟とは対照的な性格で、抜け駆けして捕らえられたり、傷を負うことも多い。穆弘とは積年の好敵手である。


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by suiko108blog | 2009-10-08 03:21 | 絵巻水滸伝人物名鑑【梁山泊】 | Comments(8)
2009年 09月 29日
★梁山泊の108人 其之六十二
★水軍
時として梁山泊軍の勝敗を鍵を握る軍です。中国は古来「南船北馬」といわれ、北方は陸軍が中心でしたが、運河の整備などにより、水軍も不可欠の要素となりました。海外との貿易もさかんに行われ、造船技術や航海技術も発達します。梁山泊水軍も、水上戦はもちろん、物資人馬の輸送や、水中からの攻撃など、縦横無尽に活躍します。

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26★天寿星“混江竜”李俊
(てんじゅせい こんこうりゅう りしゅん)




あだ名は「江をかき回す竜」──“混江竜”。記憶を失い、潯陽江に現れた。もとはシャム国の王族で、国を追われて雲南経由で江州まで落ち延びた。潯陽江では琵琶亭の女主人・慧鳳に拾われ、そのまま江州三覇の一方の幇主となる。縄張りは掲陽嶺の峠から麓一帯で、弟分の童威・童猛を両腕に闇塩などを商売していた。また相棒の李立は掲陽嶺で居酒屋を営む一方、痺れ薬で旅人を盛り殺して金品を奪っていたが、その罠にかかったのが、流刑人となった“及時雨”宋江であった。宋江を助けた縁により、やがて李俊は江州勢を率いて梁山泊へ身を投じることになる。
湖に囲まれた梁山泊は、戦となれば水軍が重要な役目を果たす。李俊は水軍第一の頭領として、大小の船や大勢の水兵を統率して活躍する。水上となく水中となく、水のことを知り尽くした竜神のごとき男である。


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by suiko108blog | 2009-09-29 03:39 | 絵巻水滸伝人物名鑑【梁山泊】 | Comments(0)