『兄弟順の謎』
『水滸伝』を読んだ人間が、一度は考えずにいられないのが、「阮小一、三、四、六は?」ではないだろうか。
答えとしては、二つが考えられる。
まずは、昔のことなので、子だくさんだが、死亡率も高い。
ゆえに、『“一、三、四、六”は生まれはしたが、呉用が生辰綱強奪に誘いに来る時まで生きていなかった』
もうひとつが、“輩行”という中国独自の“兄弟順”だ。
水滸伝以外にも、ドラマや小説などに触れた時、“堂兄“、“表妹”などという単語を見たことはないだろうか。
これは訳すとどちらも“いとこ”なのだが、『堂』は父方、『表』は母方になる。
この『堂』兄弟に、生まれた順に番号をふったのが“輩行”である。
長男の息子の次に、三男に息子が生まれたら“二“、次が次男の息子だったら、この子が“三”。
そのため、同腹の兄弟でも数字が飛ぶのである。
男児は男児、女児は女児で数え、その世代ごとに共通する文字を名前に用いる。
(同腹の順は、孟・伯=長男、仲=次男~などの文字で表せる)
大家族主義の時代では、一族は同じ敷地に住むことが多かったので、堂兄弟は本当の兄弟としてみなされ、この“長幼の順”は絶対だった。
同様の理由で、表姉妹(姓が違う)とは結婚できるが、堂姉妹(姓が同じ)とは、当然、結婚できない。
幼なじみの初恋の相手として、しばしば“表妹”が登場するのはこのためである。
(方杰と金芝公主は“従堂”(はとこ)になる。彼は、かなりヤバい男なのだ)
石碣村の阮家は、親戚もない落魄した家である。
そのため、『絵巻水滸伝』では先の“夭折説”をとった。
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