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2015年 11月 11日
真田幸村オリジナル・シナリオ公開!
天王寺真田幸村博にて行われた、諏訪部順一さんのスペシャルステージでは、森下翠原作のシナリオで素晴らしい朗読を披露していただきました。
会場にて一度きりの公開でしたので、本当に貴重な機会だったのですが、当日、会場にこられなかった皆さんにも雰囲気を味わっていただきたく、オリジナルシナリオを公開することにしました!
ちょっシオれた(?)オヤジ幸村を、素敵な諏訪部さんボイスで想像してくださいね。
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 大阪で死んだ、ある男の話をしよう。
 山から来た男だ。
 九度山──その場所の名は、ここでは、あまり意味はない。
 なぜなら、そこは彼の故郷ではなく、安住の地でもなく、失意と絶望、屈辱と忍耐の牢獄に過ぎなかったからだ。
 ただ、悪いことばかりではなかった。
 心の通い合う妻子があったし、仕えてくれる信頼できる者たちもいた。土地の人々も、彼のことを慕ってくれた。
 自由はなかったが、平穏だった。
 金はなかったが、幸福を感じる時もあった。
 それゆえに──やはり、その山は、男にとって牢獄だった。
 しかし、その頃、この日ノ本もまた、見えない柵に囲まれたような世の中になりつつあった。
 野望や欲望、希望といった、あらゆる夢を追いかけて、男たちが戦い続けた時代が終わり、どろどろに溶けた鉄のようだった灼熱の世の中が、ひとりの老いた男の手よって、窮屈な型に嵌め込まれつつあった。
 強い男たちがいなくなり、もう、なにも面白い事は起こらない。
 とっぴょうしもない武勇談、耳を疑う出世話、色とりどりの悲劇に喜劇──祭は終わり、これからは、静かで平凡な日々が続くのだ。
 これは、人々が、そんなふうに思い始めた頃の話だ。

                  ***

 大坂──帰って来た。
 この町のことは、よく知っている。
 イカレた町だ。
 毎日がお祭り騒ぎ。踊って、喰って、金もうけ。
 だが、悪くない。
 私は、そこが気に入っている。
 この町は、“身分”という、人間が決めた階段の、一番下から、一番上へ駆け上がった奇跡の男──“太閤”秀吉が築いた町だ。
 私も、人生の一番いい時を過ごした。
 若く、才能に溢れていた。嫁をもらい、友がいて、輝かしい人生が待っていると信じていた。
 あの頃と、この町はなにひとつ変わらない。
 大坂城の黄金の瓦は、今日もキラキラと輝いている。
 それに比べて、私の有り様は情けない。あの頃とは、えらい違いだ。
 年老い、くたびれ、歯も抜けて、心には、夢も希望もない。
 しかし、そんな情けない男にも、大坂は優しい。
 私だけじゃない。
 今、この日ノ本には、私のような漢が大勢いる。
 十四年前。西と東が天下をかけて戦った“関ケ原”で、負け組になり、日陰に追いやられた漢ども。そんな連中に、“大坂”は、もう一度、たいそうな活躍の舞台をくれた。
 大坂の若き二代目“御曹司”豊臣秀頼。対するは、江戸の古狸“大御所”徳川家康。
 無茶な戦だ。面白いじゃないか。
 難攻不落の巨大な城へ、日ノ本中から、続々とツワモノどもが集まっている。百戦錬磨、頼りになる連中だ。
 しかし、奴らはみな、己のことしか考えちゃいない。
 この戦で一旗あげて、泥沼のような暮らしから抜け出したい。もういちど、昔の栄光を取り戻したい。最後に、何者かになって死にたい。そして何より、戦えば金がもらえる、飯も食える。
 私も、似たようなものだ。
 一杯の酒にも不自由していた暮らしから、大金を積まれてやって来た。
 違う点は、ただひとつ。
 私は、生きるためでも、死ぬためでもなく、“勝つため”に、この大坂に戻ってきたのだ。

 物事をひっくり返すのは、実は、それほど難しくない。
 私も、あの古狸に、人生を“ひっくり返され”た。
 徳川家康──たいした男だ。
 家康は強い。悔しいが認めざるを得ない。
 父・昌幸は、最後まで決着をつけたがっていた。その日を夢見ながら、十一年をあの牢獄で過ごし、その夢を、私に託して、死んでいった。

 しかし、戦というものは、そう簡単ではない。
 特に、今度の戦は骨が折れる。
 城の主は“若殿”秀頼、実権を握っているのは、その母・淀殿。刀の握り方も知らない連中の下で、命をかけた戦はできない。
 だから、私は、まず味方に一泡ふかせることにした。

 真田丸──ご存じかな?
 来年は、もっと有名になる。土産物の『真田丸饅頭』を作るなら、今のうちだ。儲かるぞ。私も、山で貧乏していた頃は、毎日毎日、内職で紐を編んで……そんな話は、今はよそう。
 真田丸。あの砦は、私が作った。
 城の外に孤立無援の出丸を築いて、敵を誘い、堀に落ちたところへ鉄炮の雨を降らせた。倒れた敵で、堀はいっぱいになった。敵将は初陣だという若大将で、私も同じ年頃の息子がいるから、思わず銃撃を止めたほどだった。
 しかし、私の勝ち星は、冬空に、束の間、輝いただけだった。

 本当の敵とは、味方の中にいるものだ。
 戦う気があったのは、戦場を駆け回っていた私と牢人たちだけで、天守閣の上の連中は、誰も、勝とうなどと思っていなかった。
 数発の大砲に腰をぬかして、和議を結んで、無事に正月の餅をついて、喜んでいる。
 戦には、引き分けはない。負けたくなければ、勝つしかない。


『定めなき浮世にて候へば、一日先は知らざる事に候』
 冬がすぎ、春が去って、戦いは再び始まった。
 東西、お手切れ。
 慶長二十年、夏。五月七日。
 空はよく晴れていた。
 敵は十五万、味方は五万。
 難攻不落を誇った城は、堀を埋められ、裸城となり、籠城しても、援軍は来ない。
 しかし、私は悲しんではいなかった。
 このまま生きても、ただ朽ち果てていくだけだ。
 だから、最後に、ひとつ大きな賭けをする。
 この国の色を、塗り替えるような、とびきりの賭けだ。
 掛けるものは、この、命ひとつ。

                  ***

 敵の大軍、粛々と大坂城に迫り、天王寺口、岡山口に集結。
 色とりどりの旗がひるがえる。
 敵も味方も、全国から名のある男が集まっている。
 日ノ本で、一番強い男は、誰だ?
 これは、それを決める戦いだ。

 午の下刻。
 銃声、一発。
 戦いは突然に始まった。
 大坂方・毛利勝永隊──突撃を開始。
 早すぎる。
 敵をぎりぎりまで引きつけて、その間に、明石全登率いる八千のキリシタン部隊が戦場を迂回し、敵の側面に奇襲をかけ、混乱に乗じて敵本陣へ突撃をかける──乾坤一擲の逆転を狙った作戦だった。
 策は破れた。
 我が事、ここに至れり。
 しかし、私は冷静だった。
 いちど始まった戦いは、もう誰にも止められない。
 敵と味方が入れ乱れ、とめどなく血を流す戦場にいて、私は、はるか彼方の一条の光を見ていた。
 時が、来たのだ。

 彼方の敵軍中央に、巨大な金の扇の馬印が見えていた。
 燦然と輝くその印へ、私は采配を振り下ろした。
『狙うは“大御所”──徳川家康の首!』
 さぁ、祭の始まりだ。

 その日、私は、緋縅の鎧、白熊つきの鹿角の兜。赤い幟を立て連ね、赤備えの配下三千五百を引き連れていた。
 その姿、天王寺が茶臼山に躑躅の花の咲きたるがごとし。
 紅の軍勢は、一気に山を駆け下りて、敵本陣へ向かって駆けた。
 敵は三段の陣を敷いて、本陣を守っている。その一段目を、毛利の抜け駆けが薙ぎ払う。私はまっすぐ二段目にかかり、これを抜き、三段目に向かって突き進んだ。
 戦場を紅の旗が行く。我らが紋は六文銭。三途の川の船賃だ。
 前へ、前へ──十文字の槍が道を拓く。

 誰かが叫んだ。
 あの漢なら、できる。
 それは天の声かもしれない。
 あの漢なら、あの漢なら、あの漢なら──



 空は、よく晴れていた。
 紅の軍の突撃に、金の扇が地に倒れ、勝ち誇っていた者たちは、慌てふためき、家康は三里も逃げた。
 逃げたものは、生き残った。
 逃げたものだけが、生き残った。

                  ***

 慶長二十年五月七日。
 その日──朝は、よく晴れていた。
 大坂城、落城。
 その炎が天を焦がし、戦は終わった。
 夜には、雨が降り始めた。激しい雨だったのか、涙のような雨だったのか、その夜の雨を──私は知らない。
 私は、敵の本陣に二度突撃し、江戸の老人を二度、追い詰め、三度目で、力尽きた。

 戦いは終わり、城は消え、人も去った。
 しかし──大坂は、死なない。
 大坂、天王寺。
 この土地の名とともに、私の記憶は残るだろう。
 人々は、私の名を呼ぶだろう。
 我が名は──幸村。
 真田、幸村!



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  我々は決して負けない!! All Men Are Brothers          梁山泊一同

被害に遇われた皆さまに、心よりお見舞い申しあげます。被災地の復興をお祈り致します。

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by suiko108blog | 2015-11-11 00:00 | イベント・グッズ | Comments(0)


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