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2015年 05月 28日
『宋江三十六人賛』(30)
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   “美髯公”朱仝


北宋時代、梁山泊に集まった好漢たちの物語は、はじめから今の「水滸伝」の形をとっていたわけではありません。
『宋江三十六人賛』は、『水滸伝』の誕生に先駆けて、南宋時代(1127~1279)に書かれた宋江ら三十六人の仲間を讃える文章です。
もともとは画がついた“画賛”でしたが、画は散逸して、今では文章だけが残っています。

古文ですし、当時の世相を色濃く反映しているので、訳すのは大変に難しいです。
分からない言葉もたくさんありますが、なんとか頑張って読んでいってみましょう。
南宋時代の梁山泊にはどんなメンバーがいたのか、そして、彼らはどのような人物としてイメージされていたのでしょう。

※訳文はあくまで素人の推測・想像ですので、多少とも合っているのかどうか、まったく分かりません。
皆さんのご意見、識者のご教授をお待ちしています!

   “美髯公”朱仝

 長髯郁然(長髯、郁然たり)
 
 美哉豊姿(美なる哉、その豊姿)

 忍使尺宅(尺宅をして忍び)

 而見赤眉(而して赤眉に見ゆ)


梁山泊屈指の人徳家、梁山泊第12位の好漢、“美髯公”朱仝がやっと登場です。
『水滸伝』では「関羽のような豊かな髯」がトレードマークの朱仝。
こちらでも、豊かな長髯をたくわえた、眉目秀麗の美丈夫のようです。
もっとも、「美」は、もともとは恰幅がよく、押し出しがいいというイメージですので、残念ながら細面のイケメンではありません。
「尺宅」は小さな屋敷……ささやかな財産のことです。
「赤眉」は王莽の新末に残った農民の大反乱で、メンバーは眉を赤く塗っていました。
ですので、「賊」の意味になります。

suko108的に超解釈してみると……

「ふさふさと豊かな長髯、押し出しのよい立派な姿。“美髯公”朱仝殿は清貧に甘んじていらっしゃったのに、なんでまた山賊などにおなりになったのか……」

こんな残念な感じでしょうか?
義人・関羽と同じあだ名をつけられるくらいですから、容姿だけでなく、行いも立派だったはず。
それなのに、山賊に身を落としたのは……やはり、ここでも宋江か雷横か鉄牛の存在が……?
気の毒な坊やがいなかったことを祈ります!



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  我々は決して負けない!! All Men Are Brothers          梁山泊一同

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by suiko108blog | 2015-05-28 00:00 | Suiko108 クロニクル | Comments(0)


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