人気ブログランキング |
2015年 05月 07日
出雲旅行記~茂助の墓
あちこち取材の旅をしていますと、時として思わぬ“人”との出会いがあります。
目指す人物とは別に、まったく予想していなかった歴史上の人との偶然の出会いです。
どこに行っても天海さんゆかりの場所があって、さすが108歳まで生きただけある……と感心したり、行く先々に小堀遠州が作った庭があって「またお前か……!」と呟いたり。
そんな時は、帰ってから色々と調べてしまったりするものです。

今回も山中鹿之介三昧、せいぜい尼子経久のはずが、思わぬ人物との出会いがありました。
それは……suiko108、全く興味も好感度もなかった男(ゴメンナサイ)、堀尾吉晴です。

堀尾吉晴
戦国ファンならば、よく本や資料で目にする名前です。
でも、彼について知っていることは、それほど多くはないのではないでしょうか。
ファンも少なそう……というか、いない?

尾張出身の戦国武将。秀吉の最古参で、信頼を厚く、武功もそれなりにあり、穏やかな人柄で“仏の茂助”と呼ばれた。

彼は関が原の戦いの後、出雲を領し、月山富田城の城主となります。
やがて、時世に合った平城の松江城の建設をはじめますが、完成を見ずになくなり、本人の希望でこの地に葬られました。

月山の麓、巌倉寺にそのお墓はあります。
b0145843_1983684.jpg
こちらは入り口の「赤門」。
b0145843_198393.jpg
けっこう急な山道を登っていくと……ありました!
b0145843_198517.jpg
茂助のお墓です。
巨大!

普通、あまりお墓というのは面白くないものなのですが、これはものすごいインパクトです。
“仏の茂助”のイメージとのギャップがありすぎです。
思わず携帯を置いて大きさの比較をしたくなるくらい大きい。
温和と、謙虚と節約は関係ないのか、はたまた“仏”だから、死んでからの存在感が物凄いのか……。


こんな巨大な五輪塔ははじめて見ました!


こちらは同じ敷地にひっそりと佇む鹿之介の供養塔です。
b0145843_1984630.jpg

賢夫人として名高い奥方が、入城後、間もなく建てたとのことです。

茂助のお墓はこちらの供養塔より、50倍くらい大きいのでは……。
これで七難八苦男・鹿之介が供養されたかどうかは分かりませんが、この地に入って10年後、堀尾吉晴は亡くなり、ここに葬られました。

近くには、若くして亡くなった娘の小那姫のお墓もあります。


明日は茂助が築いた松江城をご紹介します。



b0145843_18581166.jpg
  我々は決して負けない!! All Men Are Brothers          梁山泊一同

被害に遇われた皆さまに、心よりお見舞い申しあげます。被災地の復興をお祈り致します。

東北地方太平洋沖地震消息情報検索
日本語、英語、韓国語、簡体字中国語、繁体字中国語の5カ国語に対応しています。

by suiko108blog | 2015-05-07 00:00 | 戦国散歩 | Comments(0)


<< 出雲旅行記~松江城      絵巻水滸伝人物名鑑(田虎篇) >>