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2014年 05月 08日
『宋江三十六人賛』(5)
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   “活閻羅”阮小七


北宋時代、梁山泊に集まった好漢たちの物語は、はじめから今の「水滸伝」の形をとっていたわけではありません。
『宋江三十六人賛』は、『水滸伝』の誕生に先駆けて、南宋時代(1127~1279)に書かれた宋江ら三十六人の仲間を讃える文章です。
もともとは画がついた“画賛”でしたが、画は散逸して、今では文章だけが残っています。

古文ですし、当時の世相を色濃く反映しているので、訳すのは大変に難しいです。
分からない言葉もたくさんありますが、なんとか頑張って読んでいってみましょう。
南宋時代の梁山泊にはどんなメンバーがいたのか、そして、彼らはどのような人物としてイメージされていたのでしょう。

※訳文はあくまで素人の推測・想像ですので、多少とも合っているのかどうか、まったく分かりません。
皆さんのご意見、識者のご教授をお待ちしています!

   “活閻羅”阮小七

  地下閻羅(地下の閻羅)

  追魂撮魄(魂を追い、魄を攝る)

  今其活矣(今、その活きるや)

  名喝太伯(名は喝す太伯)


「地下の閻魔は、魂を追い、魄を攝(と)る、今、その活きたるや、名は太伯と喝す」


水滸伝では第三十一位、阮兄弟の末弟である“活閻羅”阮小七が、なんと第五位に登場です。いったいなぜ……?
文章の意味をSUIKO108的に超訳(?)してみると、

「冥府においでの閻魔大王は、人間の魂魄をあの世に連れていく恐ろしいお方。
今、この世にも“活きた閻魔”と呼ばれる物騒な男がいるが、そいつは またの名を“大兄貴”と呼ばれているのだ」


※こんな感じでしょうか?
あだ名の“活閻羅”(この世の閻魔)は同じですね。
中国語で“閻魔顔”といえば、ニコリともしない恐ろしい顔つき……のこと。いずれの阮小七も、気に食わない奴を容赦なくあの世に送る、物騒な男 だったのでしょう。
ところで、“太伯”とは、普通「長男」のことを云うのですが……阮小七はもともと阮氏三雄の長男だったのでしょうか?それとも三兄弟中でもっとも 剣呑な男だったため、みなに「アニキ」と呼ばれて、兄弟順を無視して上位に配置されたのでしょうか。
水滸伝でも三兄弟中一番“使える”男・阮小七ですが──謎は深まります。




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by suiko108blog | 2014-05-08 00:11 | Suiko108 クロニクル | Comments(0)


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