2014年 04月 24日
『宋江三十六人賛』(4)
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   “大刀”関勝


北宋時代、梁山泊に集まった好漢たちの物語は、はじめから今の「水滸伝」の形をとっていたわけではありません。
『宋江三十六人賛』は、『水滸伝』の誕生に先駆けて、南宋時代(1127~1279)に書かれた宋江ら三十六人の仲間を讃える文章です。
もともとは画がついた“画賛”でしたが、画は散逸して、今では文章だけが残っています。

古文ですし、当時の世相を色濃く反映しているので、訳すのは大変に難しいです。
分からない言葉もたくさんありますが、なんとか頑張って読んでいってみましょう。
南宋時代の梁山泊にはどんなメンバーがいたのか、そして、彼らはどのような人物としてイメージされていたのでしょう。

※訳文はあくまで素人の推測・想像ですので、多少とも合っているのかどうか、まったく分かりません。
皆さんのご意見、識者のご教授をお待ちしています!

   “大刀”関勝

  大刀関勝(大刀関勝)

  豈雲長孫(あに雲長が孫)

  雲長義勇(雲長が義勇)

  汝其後昆(汝は其の後昆)


「大刀関勝、あに雲長が孫にあらんや、雲長が義勇、汝はその後継者なり」


水滸伝では第五位の関勝が、第四位の好漢として登場です。
文章の意味をSUIKO108的に超訳(?)してみると、

「大刀関勝は関姓ではあるが、三国の英雄関羽の子孫であるわけではない。しかし、関勝は関羽のごとき義勇の持ち主で、その後継者と呼ぶにふ さわしいのだ」

※こんな感じでしょうか?
雲長とは、いわずと知れた関羽の字。“後昆”とは跡継ぎのことです。「水滸伝」では関勝の子孫とされ、容貌も酷似しているとされ る関勝ですが、この時点では直接の子孫とは考えられていませんでした。しかし、義心と勇武については、関羽の後継者と呼ぶにふさわしい立派な人物 だったようですね。
“髯”については言及されていませんが、 やはり美しい長髯をたくわえていたのではないでしょうか?
なお“宋江三十六人賛”には、現在では絶大な人気を誇る林冲が含まれていません。元々の水滸伝では、林冲は張飛の武器である蛇矛を使い、容貌も張 飛に酷似しています。関勝が関羽化したことで、対になる張飛として、林冲が生み出されたのかもしれませんね。林冲より関勝の席次が高いのも納得で きます。



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  我々は決して負けない!! All Men Are Brothers          梁山泊一同

被害に遇われた皆さまに、心よりお見舞い申しあげます。被災地の復興をお祈り致します。

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by suiko108blog | 2014-04-24 00:22 | Suiko108 クロニクル | Comments(0)


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