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2014年 04月 09日
戦国散歩~会津若松
会津美里町での講演会の帰り、会津若松に寄ってきました。
会津若松白虎隊はじめ戊辰戦争野口英世関連の史跡がたくさんありますが、まずらこちらを訪ねました。

   蒲生氏郷の墓
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会津若松市内、にぎやかな神明通りから少し入った、興徳寺さんの境内です。
蒲生氏郷というと、織田信長の娘婿、秀吉の配下として西方の人のイメージがありますが、現在に至る会津の基礎を築いたのは、天正18年、秀吉の奥州仕置において伊勢から会津に移封された氏郷でした。
土地の名をそれまでの「黒川」から「若松」へと改め、鶴ヶ城を建築、城下町の整備を行いました。商業を奨励し、会津名物の「赤べこ」「起き上がりこぼし」も氏郷が広めたと云われています。生活が苦しい下級武士が内職として作っていたそうですよ。
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こちらの墓は京都大徳寺の本墓から分骨したものと伝えられ、どっしりとした五輪塔には空風火水地の五文字が刻まれています。
また、墓前には辞世の句を刻んだ石碑も立っています。
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限りあれば 吹かねど花は散るものを 心短き 春の山風

正子先生はこの句が大好きだそうです。

清廉な人柄の氏郷にふわさしい、清々しい雰囲気のお墓でした。


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  我々は決して負けない!! All Men Are Brothers          梁山泊一同

被害に遇われた皆さまに、心よりお見舞い申しあげます。被災地の復興をお祈り致します。

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by suiko108blog | 2014-04-09 00:30 | 戦国散歩 | Comments(0)


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