『絵巻水滸伝』に登場する金髪碧眼の段景住は、西域の砂漠を越えて宋国へやってきた胡人です。胡人とは、えびす──漢人とは異なる民族のことを呼びます。彼は回回、イスラム教徒でもあります。宋にも大勢のイスラム商人がいましたが、現在の中国にもたくさんのイスラム教徒が住んでいます。回族と呼ばれる少数民族(外見 は殆ど漢民族と変わりませんが、西安などでは男性は白い帽子をかぶっていることが多いです)、新疆ウイグル自治区周辺に住むウイグル族などです。
イスラムの人々は、豚肉を食べない、酒を飲まない、一日に五度メッカに向かって礼拝するなど厳しい戒律を守って暮らしています。
段景住が何族なのかは限定されていませんが、草原に生きる遊牧民には違いありません。そのため、彼は馬を愛し、馬と心を通わせることのできる不思議な力を持っているのです。
現在の新疆にも、多くの遊牧民と、その末裔が暮らしています。かつて、森下が新疆でカザフ族のユルト(フェルトで作る移動式のテント)を訪れた時のことです。美しい天池のほとりで、精悍なカザフの若者に尋ねられました。
「君の家には、馬が何頭いるんだ?」
それは何気ない雑談の中で、当然のように尋ねられた質問です。“家族は何人?”“車は何台あるの?”そんな感じでしょうか。
カザフ族も代々の遊牧の民です。彼らの暮らしの中では、それほど馬が重要な、そして当たり前の位置を占めているのです。
なお、段景住は天地のほとりで天馬を見たと語りましたが、新疆ウイグル自治区には、天池と呼ばれる美しい湖がたくさんあります。山の上にある湖は、みな“天池”と呼ばれるそうです。澄みきった冷たい水が山々を映し、それはほんとうに美しい風景です。
余談ながら……イスラム社会では、犬は汚れた生き物とされています。回回でありながら“犬”のあだ名をつけられた段景住は、故郷でなにか罪を犯し、神に救いを求めて天池のほとりで祈っていたのかれしれませんね。