2008年 09月 08日
★三国志土産シリーズ1
「大三国志展」神戸開催記念!
水滸伝土産シリーズに続き、三国志グッズを大公開です。
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「曹操土人形」
土人形はポピュラーな中国みやげですが、こちらは数年前に北京の友誼商店でみつけたもの。
体高は約10センチ、土人形としては大きなほうですね。馬に乗ったり、旗を持ったり、作りもなかなか精巧です。衣装や顔は京劇の影響でしょうか。
ほかにも三国志の人物を中心に色々な歴史人物があったのですが、結構なお値段で、友誼商店では恒例の「値切り」もできませんので、泣く泣く絞って4つだけ購入しました。
さて、誰を買ったのでしょう?
ちなみに、残念ながら水滸伝の人物はありませんでした。
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# by suiko108blog | 2008-09-08 02:48 | Comments(2)
2008年 09月 07日
『絵巻水滸伝 第7巻〜軍神孤歌行』ハイライト1)
絵巻水滸伝第二部、好評連載中!
現在、ウェブサイトでは第二部の第71話「浪子」・第72回「泰山」の他に、第一部の「序曲」「第一回 王進」「最終回 結集百八星」が公開されています。
それ以外の回は、どうぞ書籍をご覧下さい。
第二部スタートに際し、第一部をハイライトシーンで振りかえってみましょう!


『絵巻水滸伝 第7巻〜軍神孤歌行』ハイライト1)

「来たな、一清!!」
 高廉の声が響いた。
 渦巻く雲のただ中から、高廉が現れた。髪をおどろに振り乱し、手には漆黒の太阿の剣、背後には、鬱金に輝く飛天神兵を従えていた。
 公孫勝は櫓を下り、陣を離れ、戦場に向かって歩いて行った。呉用が呼んだ。しかし、公孫勝は振り向かなかった。
「誰も儂に近づくな──狂うぞ!!」
 公孫勝は龍杖を天の頂に向けて突き上げた。
「疾!!」
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絵巻水滸伝(7)(第四十九回 風雲より)
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# by suiko108blog | 2008-09-07 02:10 | 絵巻水滸伝のススメ | Comments(0)
2008年 09月 06日
『絵巻水滸伝 第6巻〜祝家荘風雲』ハイライト3)
絵巻水滸伝第二部、好評連載中!
現在、ウェブサイトでは第二部の第71話「浪子」・第72回「泰山」の他に、第一部の「序曲」「第一回 王進」「最終回 結集百八星」が公開されています。
それ以外の回は、どうぞ書籍をご覧下さい。
第二部スタートに際し、第一部をハイライトシーンで振りかえってみましょう!


『絵巻水滸伝 第6巻〜祝家荘風雲』ハイライト3)

「苦しくて、たまらねえ……誰か、止めてくれ!! 止めてくれよう!!」
 李逵は赤ん坊のように背中を丸め、母親の墓の上に倒れた。おうおうと泣きながら転がり回り、疲れ果て、星もない夜空を見上げた。
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(宋江兄貴……)
 こんな苦しい思いをするのは初めてだった。この苦しみは、永遠に終わらないように思われた。
 しかし、宋江ならば、にこりと笑って、この痛みを癒してくれる……宋江だけが、治してくれる──そんな気がした。

絵巻水滸伝(第6巻)(第四十七回 黒旋風より)
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# by suiko108blog | 2008-09-06 02:22 | 絵巻水滸伝のススメ | Comments(0)
2008年 09月 05日
★大三国志展IN神戸、開幕!
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東京、旭川と大好評をいただきました「大三国志展」が、いよいよ本日より神戸にて開催されます。
お近くの方は、ぜひ足を運んでみてくださいね。

2008年9月5日(金)〜10月5日(日)
平日:10:00〜17:00
土・日・祝:10:00〜20:00
※入場は30分前まで
月曜日休館(9/15は開館)

関西国際文化センター 3・4階ギャラリー
〒651-0083 神戸市中央区浜辺通6-3-16
主催 神戸新聞社
    「大三国志展」関西展実行委員会   

入場料:大人1000(800)円、大高生700(500)円、中小生300(200)円
※( )内は20名以上の団体、シルバー、身体障害者、前売料金
※前売券はローソンチケットでのみ販売【Lコード52081】

お問い合わせ:「大三国志展」事務局
         <会期前>TEL. 042-691-4825
         <会期中>TEL. 078-231-2420
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# by suiko108blog | 2008-09-05 02:46 | イベント・グッズ | Comments(4)
2008年 09月 04日
★『“宋江三十六人賛”之十八』
北宋時代、梁山泊に集まった好漢たちの物語は、はじめから今の「水滸伝」の形をとっていたわけではありません。
『宋江三十六人賛』は、『水滸伝』の誕生に先駆けて、南宋時代(1127〜1279)に書かれた宋江ら三十六人の仲間を讃える文章です。もともとは画がついた“画賛”でしたが、画は散逸して、今では文章だけが残っています。
古文なので訳すのは大変に難しいのですが、一人ずつ紹介していきましょう。南宋時代の梁山泊にはどんなメンバーがいたのか、そして、彼らはどのような人物としてイメージされていたのでしょう。
※訳文はあくまで素人の推測・想像です。多少とも合っているのかどうか、まったく分かりません。識者のご教示をお待ちしています!
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小李広花栄

  中心慕漢(中心より漢を慕い)
  奪馬而帰(馬を奪いて帰る)
  汝能慕広(汝、能く広を慕えば)
  何憂数奇(何ぞ数奇を憂う)

「中心より漢を慕い、馬を奪って帰る。汝、能く広を慕えば、何ぞ数の奇なるを憂う」

水滸伝では第九位の“小李広”花栄が颯爽と登場です。あだ名は“小李広”で同じですから、やはり弓の名手だったのでしょう。「広」とはもちろん、対匈奴戦線の英雄“飛将軍”李広のこと、「数」とは運命のことを云います。

文章の意味をSUIKO108的に超解釈(?)してみると、

「漢の時代、匈奴と戦った李広将軍は、匈奴の捕虜となっても馬を奪って戻ってきた。もし、本当にその李広将軍を慕うのであれば、どうして思いがけない自分の運命を憂うことがあろうか」

李広は将軍となったばかりの頃、匈奴の大軍と戦って、捕虜となったことがありました。その時、李広は病気のふりをして匈奴を油断させ、匈奴の子供が乗っていた駿馬を奪って故国へと戻りました。しかし、敗戦や捕虜となった罪で、李広は庶民に落とされます。『絵巻水滸伝』第四巻で、“錦豹子”楊林が花家を訪れて謡った台詞、
「いわんや是れ 西方無事の日
 覇陵、誰か旧将軍を知らん」
というのは、庶民となった李広が酔って夜間通行を禁止されている覇陵を通ろうとして、役人に止められた──という故事に由来しています。
李広はやがて再び将軍となり、匈奴との戦いを繰り広げますが、最後は戦に遅れた責任を取るような形で自害します。
三十六人讃の花栄は、弓の名手で、硬骨の老将軍を慕って自ら“小李広”と名乗っていたのでしょうか。そして、やはり役人に逆らい、賊となったのでしょうか。
もしそうならば、賊となった自分の運命を嘆くことはない──と、まるで応援しているようです。老将軍が自害した時、彼の部下はもちろん、市井の人々もその死を痛んで泣いたと『史記』は伝えています。李広だって、山賊になってしまえば良かったのに──と、後の人々も思っていたのかもしれません。
もっとも、「李広が馬を奪って戻ったように、お前もいつか正道に戻れ」、という意味にも取れますので、読む人によって解釈も分かれそうですね。
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# by suiko108blog | 2008-09-04 01:33 | Suiko108 クロニクル | Comments(0)